LEAFIA Life
リーフィアな暮らし

山寺に泊まろう

※2018年5月1日発行「リーフィアな暮らし」vol.24より転載

仕事や家事に忙しい毎日、
ふと自分自身を見つめて
心身ともにリラックスしたいと思う。
そんな人たちに静かなブームとなっているのが
宿坊体験です。
そこで、春の息吹が薫る山寺で、
大自然の大きな力に抱かれながら
絵本作家でイラストレーターの、
ごみたこずえさんとともに
坐禅、写経、法話、精進料理をいただく、
宿坊体験をレポートしました。
身も心も洗われる〝特別な旅〟に
出かけてみてはいかがでしょうか。

そもそも宿坊とは、寺社やその近隣にある、僧侶や参拝者のための宿泊施設でしたが、現在では一般客の受け入れも増加し、修行体験など、その魅力は新しい旅のスタイルとして注目されています。
今回訪れたのは、都心から数時間余り、青い空と緑の山々が大パノラマを描く奥秩父。その標高800メートルの山懐に佇む大日向山・大陽寺。ここは、私たちの日常とは別世界。テレビもなければ、携帯電話もつながりません。目の前には柔らかな光が差し込む美しい渓谷が広がり、〝天空の寺〟として人気の高いのもうなずけます。
「これほどの素晴らしい大自然に包まれて、今回もただただ感動です」と、レポーターのごみたこずえさん。
じつは4年前、季節は紅葉の頃。彼女は、大陽寺を訪れていました。
——学んできた物理を生かして、宇宙などをテーマに、面白いこと・楽しいことを描く絵本作家になりたい——この想いを抱いていた時期でした。果たして自分は、やっていけるのだろうか……。
「何も心配することはない。心のままに生きるのが一番」と、浅見宗達住職が「背中を押してくださいました」。ごみたさんは感慨深い趣で当時を振り返ります。
「悩みを抱え、安らぎを求める。今を生きる人々を救うのも仏教の役割です」と住職。

大自然から学んだ禅の心を伝えたい、第二十六代住職の熱い決意。

大陽寺は臨済宗 建長寺 けんちょうじ 派の禅寺。お寺の由来を紐解くと、700年前の鎌倉時代末期まで遡ります。開祖とされる 御嵯峨 ごさが 天皇の第三 皇子 おうじ 仏国国師 ぶっこくこくし は、京の都に生まれました。当時の都は、鎌倉幕府の無力化とともに朝廷を巻き込んだ政権争いが激しさを増していた時代。
そうした争いを避けるかのように仏門に入った国師は、遥か東国に修行の地を求め鎌倉の建長寺に入り、さらにこの渓谷にたどり着いたと伝わります。
天狗が住むと おそ れられたこの地は、江戸時代には空前の山岳信仰の波に乗り、繁栄を極めることになりますが、その後は忘れ去られた山寺でした。
浅見住職は、「変わらないのは悠久の大自然の営みです。遠くから清流のせせらぎが聞こえてきます。厳しい冬を乗り越えて芽吹く木々と鳥のさえずり。夜空には数万光年の宇宙の時を刻む満天の星たち。ここには手つかずの大自然があるのです」
先代の住職からの誘いもあり、かつて誰もいない本堂の縁側に一人座っていたときに、「根拠のない確信のようなものが、ふつふつとわいてきた」と言います。
「半径5キロメートル以内には一軒の民家も存在しない。これではお寺の経営は成り立ちません。でも、不思議な感覚でした。大きなものに包まれている感じがしました」

——根拠のない確信——それは、ただ一人自然と向き合って得た自然からのパワーでした。「この大自然の一部に自分の居場所があるかもしれない。ほかにもこういう場所を必要としている人たちがいるかもしれない。仏国国師のように大自然から学んだ禅の心を学び伝えたいと思いました」
30代にサラリーマンから転身した第二十六代浅見住職の熱い決意でした。
こうして住職は、京都の臨済宗の名刹、 妙心寺 みょうしんじ での修行を経て、大陽寺とその教えを守るため、この宿坊をまったくの一人で始めます。2011年「初心者にお勧めの宿坊ランキング」(日本経済新聞社)1位に輝き、多くの若い女性や、近年は日本文化に興味を持つ外国人の方も訪れるそうです。

「写経」を体験する。世代を超えて受け継がれる仏教という心の在り方。

大陽寺の山門を入ると江戸時代中期に建てられた大きな本堂と長い縁側が目に留まります。本堂は宿坊を兼ねていて7部屋ほどの部屋があります。まず、南側に渓谷を望む、この日当たりのよい縁側で、最初の修行、262文字の「 般若心経 はんにゃしんきょう 」を写経します。般若心経とは、仏教の経典のサンスクリット語を漢字に置き換えたもので、お手本に紙を重ねて、一文字、一文字書き写していきます。
「心を込めて、ただ一生懸命に文字を書くことに集中してください。雑念が消え、経が説いている空の世界に少しでも近づけると思います」と住職。
ごみたさんは、流石に物書きという感じで、きれいな書で写し進めます。その傍らで時間をかけて真剣に写経に取り組む20代の女性。このお寺を訪れたわけは、この写経にありました。
「祖父が亡くなり、遺品の整理をしていたら、祖母の病気が治るようにと祖父が祈願した写経が出てきました。写経とはどういうものなのか。自分で体験したくなったのです」
書き終えた般若心経は、願い事を書き、名前を書きます。お寺に納めるか、祈祷していただいてからお守り代わりに持ち帰ってもよいそうです。
若い女性は「祖父の仏壇に供えます」と話してくれました。仏教という心の在り方が、こうして若い世代に受け継がれていくのではないでしょうか。

「自然散策」を楽しむ。 都会の喧騒を離れ樹齢数百年の木々の中を歩く。

大陽寺の修行は全て参加自由。——まずここにいるだけで、感覚的に禅の世界が分かってくる——とのお考えだそうです。
「禅寺といえば、修行が厳しいのではないかと構えてしまいがちですが、こちらは自由度が高いので、ゆったりとした気持ちになれますね。これも住職のお人柄でしょうか」
思いの外早く写経を終えたごみたさんは、
天気が良かったので空いた時間、散策に出かけました。清浄な空気を胸いっぱいに吸いながら、樹齢数百年の杉の木立ちの中を歩きます。「この大自然を一人占めなんて贅沢な気持ちになりますね」
遠くからは、渓流の流れる音も聞こえてきます。まさに深山幽谷の美しさに身をおいているのです。

「読経」「法話」を体験する。禅の言葉「 喫茶去 きっさこ 」に込められた意味。

山向こうに太陽が沈み、星々が輝きだした夕刻、本堂では読経が始まりました。袈裟を堂々と纏った住職が朗々と臨済宗の聖典「 摩訶般若波羅密多心経 まかはんにゃはらみったしんぎょう 」を唱えていきます。
ごみたさんをはじめ同宿の皆さんも、住職に合わせ、見よう見まねで読み上げていきます。住職が叩く鐘の音と、皆の声が響く本堂には厳かな空気が漂います。
「意味は分からなくても、次第に読むことだけに集中していきました」とごみたさん。いくつかの経典を唱え、最後に合掌をして読経は終わります。
夕食の精進料理をいただいた後、住職を囲んで法話を伺うひとときがあります。法話といっても堅苦しいものではありません。
大学3年生の若者からこんな質問がありました。「茶道をやっているのですが、いろいろと悩みが出てきました……」

住職は「喫茶去」という禅の言葉を例に挙げてアドバイスをしました。
「喫茶去は、『お茶でも召し上がれ』という意味で、心が和む言葉ですね。余計なことは考えず、今、ここで存分にお茶を楽しむことだけに専念しましょう」
住職は少し間を置いてやさしく続けます。
「若いということは、それだけで素晴らしい。大人の価値観に惑わされずに、今、自分ができることに集中しましょう。それが積み重なると、おのずから道が開けます」
この大学生は、ごみたさんのように物理学を勉強しているとのこと。
ごみたさんは、「これもご縁ですね」と若者に話しかけます。宿坊体験には人と人をつなげるご縁があるようです。
いくつもの質問が飛び交う中、住職は、その一つ一つに丁寧に応えてくれました。

「精進料理」をいただく。煮炊きする源流水はおいしさの隠し味。

浅見住職は、「精進料理は修行僧へのご褒美」と言います。鎌倉時代に禅が広まるとともに、食事は修行の一環として捉えられました。野菜を中心とした献立で、大陽寺では住職自らが作ります。
毎日、住職は夕食の片づけをした後、けんちん汁の下ごしらえにとりかかります。野菜自体の力があるので、夜に下ゆでをしておくと野菜の味が染み出すのだそうです。この地域は源流水が豊富。煮炊きするのにも使いま
す。ナスの煮びたし、ふろふき大根、野菜のかき揚げも絶品です。

「坐禅」を体験する。坐禅は正しい姿勢で呼吸を整える。

早朝6時45分、ドーン、ドーンと太鼓を打ち鳴らす音。本堂の階段を上がったところにある 開山堂 かいざんどう で朝のお勤めを済ませ、
いよいよ最後の修行、坐禅が始まります。
「肩の力を抜いて、無心になればいいのです。そのために行うのが坐禅です」
住職の言葉が専用の坐禅堂・ 渓山閣 けいざんかく に響きます。
「本来、人間は仏心(清浄な心)を持っているものです。でも、それはたまねぎの芯のようなもので、皮が幾重にも重なっているので見えません。その皮を一枚ずつ取り除く。それが禅なのです」
禅とは心の中にあるさまざまな不要なものを取り除き、自分の中に本来ある清浄な心に気づくことといえます。

コツはおへその下に意識を集中させること。

坐禅は正しい坐り方で体を整えます。窓を背にして「 たん 」と呼ばれる一段高いところにある畳敷きの台に坐ります。
組んだ両ひざを下につけ、下腹を前に押し出し、頭と背筋は伸ばします。
「下半身が三角計になりましたね。これが一番安定した形です」。なるほど、確かに落ち着きました。
「目は仏像をイメージして半眼にしてください。視線を2メートルくらい先の下に落とせば自然と半眼になります」
住職は丁寧にコツを教えてくれます。
肩の力を抜いて、長く細くゆっくりとした腹式呼吸で息を整えますが、頭の中にいろいろ浮かんでしまい、なかなか無にはなれません。
「意識をおへその下に集中させてください。頭に浮かぶものが、雲のように遠くへ流れていくのを感じると思います」
正式な坐禅は、長い 蝋燭 ろうそく が消えるまでの時間、40分を坐り続けますが、ここでは4回に分けて10分ずつ坐ります。
「お腹に意識を集中させてゆったりと坐っていると不思議ですね。ふと大自然の一部になった感覚になります」とごみたさん。

住職とともに、ただひたすら坐り、無の世界を目指す。

「自分と向き合う」ことから「自分の殻を脱ぐ」旅へ。

目の前に広がる渓谷の美しい風景にうっとりとするごみたこずえさん。

最後に伺いました。ごみたさんは2回目の宿坊体験をどう感じたのでしょうか。
「前回は進路のことで少し悩んでいたこともありましたから、自分と向き合い、自らの心の声を聴きたいと思っていました。ところが今回は、大自然の中に身を投じて『自分の殻を脱ぐ』という魂に触れる感動を覚えました」
空の世界、無の世界に近づくことは、——自分の殻を脱ぐ——ことから始まるのではないか、これこそが今回の体験を通したごみたさんの気づきでした。
出立前、私たちは浅見住職が源流水で淹れてくれたおいしいコーヒーを味わい、大陽寺を後にしました。この感動が明日への元気につながると感じながら……。

Profile

浅見 あさみ 宗達 そうたつ Soutatsu ASAMI
第二十六代 大日向山 おおひなたさん 大陽寺 たいようじ 住職
1965年秩父観音霊場第三十番札所の 法雲寺 ほううんじ の長男として生まれる。東京でのサラリーマン生活を経て15年前に先代の住職である祖父の後を継ぎ、大陽寺に一人で住む。悠久の大自然の素晴らしさをテキストに、宿坊をはじめ寺の再生に挑む。東京・広尾での「プチ宿坊体験」や日本でも屈指の広さを誇る坐禅堂を利用したヨガ、瞑想などの各種イベントも開催している。
大陽寺・宿坊のご案内
[住所]埼玉県秩父市大滝459
[電車]秩父鉄道「三峰口」駅からバス「大陽寺入り口」下車徒歩2時間。あるいは「三峰口」駅からタクシー利用(約12Km)*宿泊客は「三峰口」駅にて車送迎も可能(要予約)
[ 車 ] 関越道「花園」I.C.から約50Km(国道140号、途中「皆野寄居バイパス」利用、 「大陽寺入り口」バス停を左折し、町道7Km)
[TEL]0494-54-0296[URL]http://www.taiyoji.com
◆宿坊利用:完全予約制(電話で予約を) ※12月上旬〜3月15日まで宿坊は休業しています。
[料金]一人一泊9,000円~ (夕・朝食付、タオル・歯ブラシ・寝間着は持参のこと)*宿泊日の2~3日前にもう一度、確認の電話をしてください。

Profile

体験レポーター
ごみた こずえKozue GOMITA
絵本作家・イラストレーター
埼玉県出身。埼玉大学理学部物理学科を卒業した後、北海道大学大学院物理学専攻修了。
航空機エンジン部品設計業務に8年間従事した後、創作活動のため退職。
現在、プロダクションスタッフとして勤務しながら、絵本作家としての活動を行う。
[URL]https://cozuegomita.wixsite.com/gomita-kozue-jp

左:『どうか幸せになって』
(ごきげんビジネス出版)
右:文芸社えほん大賞優秀賞受賞作品
『うちゅうのそとをみてきたんだ』 (文芸社)